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きっかけ

何かを好きになるのに理由なんてものはない。だって好きなんだもん!それだけだ。けれど、きっかけならある。たとえば、“子供の頃から慣れ親しんでいて自然と好きになっていた”っていう漠然としたものだって、「育った環境」が一つのきっかけだろう。僕がミュージカルを好きになったきっかけは、もっと明確なものだった。

僕は小さい時から歌謡曲が好きで、テレビの前でピンク・レディの振り真似をしていたらしい。やがて聖子ちゃんに始まり、中森明菜、斉藤由貴など、アイドル歌手が全盛の頃は「ザ・ベストテン」や「夜のヒットスタジオ」は欠かさず見ていた。

ところが、ちょうど1990年前後(当時高校生)の日本のミュージック・シーンはと言うと、アイドル歌手たちは人気が下火になり、バンド・ブームが起こっていた。それに連動するように「ザ・ベストテン」や「夜のヒットスタジオ」といった人気歌番組は、この数年で見事に姿を消していき(アイドルたちはパッとしなくなり、ロック・バンドはそういう番組に出てくれないから)、僕の歌謡曲への興味もこの時期急激になくなっていった。

ちょうどそんな時期の1988年12月31日、紅白歌合戦で島田歌穂が『オン・マイ・オウン』を歌っているのを見た。

――衝撃だった。正直、今までミュージカルというものをまったく知らなかったし、大ファンだった斉藤由貴が出演してるにもかかわらず 《レ・ミゼラブル》 なんて興味すらなかった。だが、島田歌穂の歌を聴いた時は、(大袈裟な言い方をすると)雷に打たれたみたいだった。今だかつて聞いたことのないスケールの大きい音楽。詞がドラマとなり、歌っている彼女がそのドラマを生きていると思えた(エポニーヌの衣装ではなく真っ白なドレスだったのに)。もちろん島田の圧倒的な表現力が僕を惹き付けたいちばんの理由だったのは間違いない。

それまで聞いていた歌謡曲は、とても薄っぺらい陳腐なものに思えた。 直ぐさまロンドン版のCDを買って全曲を聴き、初めてミュージカルというものの一端を知った。

それからしばらくして、FM・NHKでやっていたミュージカルの特集番組を、普段ラジオなんて聴かない僕が、偶然聴いたのだ。たしか声楽家の友竹正則と評論家の小藤田千栄子がパーソナリティだったと思うのだが、1950年代から最新のヒット・ミュージカルまでのナンバーを紹介するという番組で、録音したテープが今でも残っている。このテープもずいぶんと繰り返し聴いた。《スウィーニー・トッド》とか《ナイン》、《アスペクツ オブ ラブ》 など、結構マニアックな選曲で、《レ・ミゼラブル》だけじゃなくほかにもいろんな作品があるんだということを知り、ますます興味を深めるきっかけになった番組だった。

さらに、ミュージカルに一層興味を持つようになったのが、NHKの「音楽・夢コレクション」という音楽番組だ。島田歌穂とともに中島啓江、森公美子のダイナマイト・コンビがレギュラーで出演し、音楽監督を宮川彬良が担当。今考えても何とも不思議な番組で、《リトルショップ オブ ホラーズ》 や《キャバレー》の音楽とか使ってパロディを見せたりするんだけど、とってもミュージカルちっくな内容だったのだ。準レギュラーに戸田恵子、土居裕子、白木美貴子、鈴木ほのか、藤田朋子など、これだけの人が同じ舞台に立ってたら凄いだろうなぁっていう布陣で、でも興味のない人にはまったく突飛な番組だったろうと思う。少なくとも僕にとってはショー・ビジネスっちゅーもんを身近に感じさせてくれる貴重な存在だった。歌謡曲にすっかり興味のなくなっていた僕には、当時唯一見る音楽番組だったのだ。

そんなわけで、僕がミュージカルを好きになったきっかけは、おそらくこの3つの番組だと思っている。とは言っても、ほかにいろんな物を見聞きする中で徐々に好きになっていったのだとは思うが、とてつもなく影響を受けたのは確かだ。

[1998.12.20]

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